┏テ┃キ┃ス┃ト┃系┃創┃作┃メ┃ー┃ル┃マ┃ガ┃ジ┃ン┃━━━━☆
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┃   文芸同人 主婦と創作                   ┃
┃             2008年01月20日発行 通巻 たぶん261号 ┃
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 初めましてのかたは、初めまして。そうでない方は、お待たせ致しました。
 曜日感覚がずれまくっていた、
「自称・文芸同人誌」主婦と創作の発行人の銀凰です。
 昨日が土曜日だったんですよね……ごめんなさいです。

 気を取り直して。
 それでは、本日の会報をお楽しみ下さいませ。
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◇本日の目次…
 ◆連載小説…神光寺かをり クレール光の伝説・古の【世界】 第90回
  この作品には「不適切な表現(聞きようによっては差別的な言葉)」や
  「グロテスクな表現」「暴力描写」が含まれておる可能性があります。
  また、「中世風の異世界における怪物退治の冒険」という設定上、
  現在日本では不適切とされる言葉であってもあえて「古い時代の表現」を
  用いることがあります。(特に、登場人物の台詞など)
  あらかじめご了承の上、お読みくださいませ。
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◇連載小説 クレール光の伝説・古の【世界】 第90回  作:神光寺かをり
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 しかし彼らはすぐに死を迎えることができなかった。男装した姫の太刀筋は、
彼らの急所から微妙にずれていた。

 城塞都市の法律執行職を司る城伯は、本来は戦争の最前線施設の司令官だった。
故に戦乱の時代にはその職にふさわしい人材、すなわち特に武に優れた者や、
兵法に達者な者がその称号を得、職を任じられ、城を守っていた。
 大きな戦の無くなった太平の世では戦争の司令官という職務の部分は完全に
形骸化している。城伯の称号だけが他の爵位同様に漫然と世襲されていた。
少なくとも、他の城塞都市では。
 グラーヴ家はいささか違った。
 初代は武を持ってノアール=ハーンに仕え、武によって取り立てられた人物
であった。
 時が流れ、平和な世となっても、歴代の当主達は「武人であること、軍人の
誇りを持つこと」を己と己の子孫達に強いた。
 ヨハンナ=グラーヴの父親ヨハネスが、一人娘を娘として扱おうとしなかっ
た理由も、その血の妄執にある。
「グラーヴ家の総領は、勇猛な騎士にして苛烈な戦士でなければならない」
 ヨハネス=グラーヴ城伯は娘に己の名を継がせた。父も家人達も「彼」をヨ
ハネスと呼んだ。ただ母親だけは、娘をヨハンナと呼んでいた。ただし、夫の
目と耳が届かぬ場所でだけであったが。
 兎も角。若いヨハネス=グラーヴは、父親の望む通りの剣術使いになった。
そして父が急死するまでの間、若いヨハネスは領主の嫡男であり続けた。

 花婿の友人達が即死しなかったのは、攻撃者の技量が足らなかったためでは
ない。ヨハンナはあえて急所を突かず、思うところあって止めを刺さなかった。
 それは慈悲によるものでも憐憫からのことでもない。城伯の娘は彼らの命を
惜しんでなどいなかった。
 彼らは長い間悶え苦しみ続けた。血潮が流れ尽きるまで、彼らは生きていな
ければならなかった。
 彼らの霞む目に、花嫁と花婿の最初で最後の儀式を見せつけること。それが
ヨハネスと呼ばれたヨハンナの望みだった。
 友人達の血に足を取られ、花婿は汚れた床の上に尻餅をついた。
「酒の上の冗談だ。羽目を外しすぎた。許してくれ」
 花婿が声を震わせる。ヨハネス=グラーヴは小さく笑った。花婿の顔に安堵
の血の気が戻ったのは一瞬のことだった。
 彼の妻となるはずだった娘は、微笑を湛えたまま長剣を振った。彼の胸板は
薄く斬られた。
 長剣の切っ先にまとわりついた花婿の血を、花嫁は左の紅差し指で拭った。
鉄の匂う朱の液体が指先からどろりと流れた。
「卿が主君を弑したことについてだが……」
 ヨハネス=グラーヴの声は、暗く、低い。
 花婿は頬を引きつらせた。
 彼の主君とは、老ヨハネス=グラーヴであった。すなわち、いま彼の眼前で
抜き身をぶら下げている「若いヨハネス」の、彼が花嫁と決めた「気の毒なヨ
ハンナ」の父親である。
 彼は自分の計画を秘密裏に立て、秘密裏に実行したつもりだった。城伯殺し
の犯人は誰にも知られていないと信じていた。
 震え上がった。同時に疑念が生じた。
「君は、それを知った上で僕との婚礼を?」
 掠れた声で反問した。
「父を謀殺した仇を探さない者がいるかえ?」
 当然のこという口ぶりの答えと、血濡れた剣の切っ先が花婿の胸を指し示す。
 剣先は空中で停まり、動かない。花婿は固唾を呑んだ。
「そのことだが、私は卿に謝辞を述べようと思っていた。実は私も、廃された
皇帝に対する感傷を忠誠と履き違えるような人物は、新しい皇帝が治める国か
ら取り除くべきだと、常々思っていた」
 ヨハネスと呼ばれていたヨハンナの言葉は花婿を驚愕させた。彼の知る「若
いヨハネス」は父親に対して忠実であり、不平不満を述べることなど微塵も無
かったからだ。
「僕は、つまり、君の望みを叶えたということになる」
 花婿は硬い笑顔を作った。だがヨハンナは彼の言葉に対して返答しなかった。
「私は卿のとった手段については非難している。夜陰に乗じた暗殺は、騎士道
に反する」
 剣の先が花婿の左胸にあてがわれた。
「老伯の側にはいつも君がいる。君はこの城下で並ぶ者のない剣士だ……僕が
正面から斬り掛かって、君に勝てるはずがない」
 花婿は引きつった声で弁明した。
「だから卿は、あの年寄りが愛妾の所へ忍んでゆく夜道に襲った。『悪所』通
いの父親を軽蔑した『倅』が、その時ばかりは護衛をしないと知って……。
良い作戦だと思う。私が卿であったとしたら、やはりその策をとる」
「そうしなければ……老伯を殺さねば、君と結婚できなかったからだ。あの方
は、あくまで君を男として扱っていた。あの方が生きている限り、君は婿を取
ることができなかった」
 まくし立てる花婿の胸元から、剣先が僅かに引かれた。花婿は息を吐き出し、
「妻よ」
 小さく呼びかけた。ヨハンナは灰色の目を細めて彼を見つめ返した。
「そのことを……君は誰かに調べさせたのか」
「否。我が身一つで」
「では、知っているのは、僕と君だけか?」
「他の誰にも漏らしていない」
「では、夫婦の秘密だ」
 ヨハンナは頷いた。彼女の唇に浮かぶ微笑は、しかし嘲笑だった。
「卿に美しい愛人がいることも……」
 花婿は息を呑んだ。その場から逃げようにも、腰が立たない。
 ヨハンナ=グラーヴは血に濡れた指先が薄い唇をなぞった。
 土気色の生き生きとした赤に色づく。
 指先は頬骨の上を滑る。
 青白い頬が赤く輝いた。
「さようなら、愛しい人。私ではなく、城伯の爵位に恋した人」

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