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┗━━┛ 2005年05月07日号 通巻 131号┗━━┛
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初めましてのかたは、初めまして。そうでない方は、お待たせ致しました。
自称「文芸同人誌」主婦と創作の主幹、体力も気力も創作意欲も回復して
くれないのに、体重だけは順調に回復どころか増加傾向の銀凰です。
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では今週の作品をどうぞ。
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◇本日の目次…
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◇連載小説 文化祭うぉーず 第６回 作：くまの
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「理科子、テキは強行手段に出たわ！」
部室のドアを開けた途端、エリ姉の般若面が視界に飛び込んで来る。
あまりの迫力にのけぞったボクは、後から入室してきた吉田象の胸許に、後
頭部をぶつけてしまった。
胸なのに、ものすごく痛かった……。しかも、汗臭い。やっぱり、今日も彼
女のジャージ上下は、全身汗だくだった。
「理科子って誰のこと？」
「今、この瞬間からあんたのことよ！」
エリ姉は怒鳴った後、じっとりと汗を含んだメモを二枚、ボクの鼻先に突き
付けた。
『王子ノ愛ノラ描（猫？）カレイハアズカッタ』
「これが、私の上履きに入っていたの。『次の指示を待て』って、一文が付け
加えられている方が、《星の王子様》の御内履（おうちば）きにあったものよ」
御内履（おうちば）きって……スゴイ単語だよね。
「まだ、かの君はご覧になっていないわ。絶対に口外しないでよ」
言ってるそばから、吉田象がむっちりした指でケータイのナンバーを押して
いる。
「もすもす、大変なことだす。脅迫状が…………何するだすか？」
エリ姉にケータイを取り上げられ、吉田象がラクダより長いまつ毛をパチク
リやっている。
「吉田、どこにかけたのよ？」
「警察ですだ」
とたん、エリ姉は股から真っ二つにされたカエルみたいなヒドイ声を発した。
日本語で表記すると、グゲゴゲゴゲゴかな？
「――理科子は自分の任務を全うすること！」
言い捨てて、エリ姉は吉田象を従え、背景の最終チェックのために部室を出
て行った。
これで、ボクはやっとひと息つける。
――となったら、説明したくなるのが人情だ。
第一体育館の舞台裏にある三つの部屋は、演劇部が占拠している。
舞台袖の右手通路の突き当たりにある部屋が部室――通称、アジトと呼ばれ
ている。
ボクは体育館の裏口、つまり非常口からダイレクトで来てしまったワケだけ
ど、表向きは舞台に上がって、右手通路を通らないと部室に入れないことになっ
ている。
防犯の都合から、部外者には『開かずの非常口』なんだ。
反対側の左手通路の突き当たりは、大道具と小道具と衣装のための部屋だ。
見取り図によると、三つの部屋は互いにドア一枚で行き来できるから、そう面
倒臭いこともないらしい。
で、今いる部室の左隣りが昨日、ボクがデコレーションされていた控室だね。
控室は主役級の人しか使用できないから、端役の役者達は部室で思い思いの
化粧をする。準備が終わった人は、のんびりと茶をすすってＯＫだ！ ボクも
江端王子が来るまで、来週行われる模試の勉強でもするつもりだった。
「君が保科部会長の――」
耳元でいきなりハスキーな声がして、ボクは椅子から飛び上がった。
爽やかに登場した《星の王子様》は、深緑のブレザーに同系色のスラックス
姿だった。トラッドスタイルが決まっている彼女に対して、ボクは落ち目の花
魁スタイルである。
この経緯には、ボクのダンス音痴がおおいに影響している。あまりの音感の
なさに召使い役を下ろされ、キレたエリ姉に自分好みの化粧を施されてしまっ
たのだ。
「妹の理科子君だよね？」
「はい、何ぞ御用でございましょうや？」
ボクは腰を落として、右手を前に出した。仁義なき世界では最上級の挨拶だ。
これなら、誰からも文句は出ないだろう。
エリ姉から「《星の王子様》に失礼がないように」と耳にタコができるくら
い、言われていたのだ。同じ赤でも、《星の王子様》は右耳にルビーのピアス
である。ずいぶんな違いだ。
「どうぞ、座って」
江端王子は荷物を床に置いて、席を勧めてくれる。
自分もボクの隣りに腰を下ろすと、さりげなく缶コーヒーを差し出してくれ
た。王子と称されるだけあって、一連の動作は洗練されている。
背中といわず全身に、羨望の視線がグサグサと突き刺さるなか、ボクはあり
がたく缶コーヒーをいただくことにした。
コレを断ったら、本物の短剣で刺殺されそうだ。あはは……。
「藤紫祭は初めて？ 結構、楽しそうだから、舞台がハネたら回っていけばい
いよ」
どんな奇人変人かと思ったけど、今のところ、《星の王子様》はごく一般の
男子高生に見える。……それがフツーじゃないのか。
「楽しそうって、江端さんは参加できないんですか？」
「舞台があるし、校内を歩くと人に囲まれてしまうんだ。でも、今年は…………
──あ」
あくまでも優雅に席を立つと、彼女は珍入者を手招きした。
「ヒラメ、こっちにおいで。サンドリヨンのカレイは一緒じゃないのかい？」
五センチほど開いたドアから、キジトラのノラネコがのそりと入ってきた。
ボクはあまりのことに、胃袋に入ったコーヒーが逆流して、口から噴きこぼれ
るんじゃないかと思った。でも、まぁ、そんな人間サイフォンなことは起きな
かった。
「ネコ好きなんですね……」
ノラと熱い抱擁を交わす王子から、視線を外してボクは尋ねる。
「家にスズキとサンマとイワシがいるんだ。どの子もとっても愛らしいネコだ
よ」
江端王子は、「スズキはアジの開きが大好き」だの「カレイは寒がりで人見
知りする」だの、一匹一匹の特徴を話し始めた。
「どうして、魚の名前をつけたんですか？」
「好物の名前なら、ネコ達も喜ぶと思って。俺ってヘンかな？」
そりゃあ、あんた、ヘンですってば。
半分口を開きかけて、部員たちの鋭い視線にボクは気付いた。
えーと、ここでこんなことを言うのは、阿片窟で麻薬撲滅キャンペーンをぶ
ちかますくらい、デンジャラスなのでは？
たとえ、この美少年が女性の形態をとっていなくても、ボクは自分の人生哲
学――曰く、女にさからうとロクな目に遭わない――にのっとった発言をした。
「さすが、《星の王子様》。ネコの気持ちがわかっていらっしゃる！」
「そうかな？」
「ワタシもカニ玉子って名前にしたいくらいです」
ボクのトンチンカンな発言にも、江端王子は「カニみそ子でもカワイイんじゃ
ないか」と微笑んでくれる。
案外、優しい人かもしれない。
「――理科子君は吉田と同じ反応をするんだね」
ふと、彼女の瞳がかげる。ボクがじゃれついてきたネコから、身体をのけぞ
らせてしまったからだ。
「もしかして、ネコ嫌い？」
「ワタシ、ネコアレルギーなんです」
小学校のとき、親ネコが仔ネコを食べるの見て以来、ボクは彼らに触るとじ
んましんが出る。
ちなみに、吉田象の症状はネコの毛と体臭でゼンソクが出るらしい。人は見
かけによらないモンだ。
「……な、何ですか？」
あんまり見つめないで欲しい。この人は妙に色っぽいんだ。
「こいつの一面的な部分だけじゃなくて、もっと深く知って欲しいんだ。この
甘い声、しなやかな身体を心に思うだけで、俺は愛しさで胸がはりさけそうに
なるよ」
胸許を握りしめたまま、彼女は人の顔をのぞき込んでくる。
もしも〜し、ロミオが入ってませんか？
「私、今、生きてて幸せ。うふ」
「ハムレットもいいけど、やっぱりロミオでしょう」
部屋中に少女達のため息がもれる。
確かに、苦悩に満ちた彼女の表情は甘やかで魅力的だ。
ボクが女の子だったら、「もう、どーにでもしちゃって！」という衝撃的な
悩殺度だ。
「理科子、そのネコの無礼を許してやってくれる？」
いきなり、呼び捨てかい？
このとき、江端王子の顔はボクの目の前にあった。
姉達にもまれて育ったせいか、コトなかれ主義の上、長いモノには巻かれろ
体質のボクだ。だけど、『あなたの知らない世界二丁目編』に巻き込まれるの
だけはゴメンなさいだっ。
「ぼっ、ワタシはノーマルなんですっ！」
「俺もそうだけど？ 理科子君、上手く化けてるけどね、仕草は完全に男だよ」
江端王子に花のように微笑まれ、ボクは二の句がつげなくなってしまう。
女と違って男は股間に邪魔なモノ（邪魔なのか？）があるため、どうしても
歩くときガニ股になる。椅子に座ったときの足の開き具合も大きくなる、と彼
女は言う。
最初から、ボクの正体なんてバレバレなのである。
人の悪い笑みを浮かべて、
「じゃ、じっくりと事情を聞かしてもらおうかな？ ちょうど、控室も空いて
いるみたいだし……」
江端王子はボクの耳元でささやいた。
「あの、ですねぇ」
ボクの声は上ずり、手の平は汗でぐっしょり濡れていた。
どうも、その手のクラブで指名ナンバーワンに口説かれている気分だ。天の
救いか、彼の荷物からネコふんじゃったの着メロが流れ、ボクは危機（嬉々じゃ
ない）を脱出した。
「せっかく、いいところなのに」
ザンネンと肩をすくめると、江端王子はボクの腰に回した手を引っ込めた。
「俺だけど――は？ もしもし？」
通話は数秒で終わった。は？ とつぶやいた直後、彼女の眉間にしわができ
たのを、ボクは見逃さなかった。
「すみません、江端さん。さしつかえなければ、相手の用件を聞かせてもらい
たいんですが……」
「ああ、間違い電話だったよ」
彼女はケータイを切るなり、荷物を手に部室を出ていく。その後を追うべく、
ボクも席を立った。一応、ボディーガードだからね。被護者の後を金魚のフン
のごとくつきまとうのが、ボクの役目だ。
「理科子さん、どこに行く気？」
黄色いサテンのドレスを着た娘役さんから呼び止められる。
「《星の王子様》はお召し替えをされるのよ」
「え？ 控室なら、このドアから行けるんじゃないですか？」
ボクが指したドアは控室へと続いている。江端王子が出て行ったのは舞台に
出るための通路で、あとは非常口があるだけだ。
娘役さんの隣りで、召使役の美少女がクスクス笑う。ファニィーフェイスの
元ジュリエット候補だ。
「星を眺められた後、舞台を通って控室へ行かれたのよ。セットの様子が気に
なられたんでしょう」
「星を眺めに？ 何ですかそれ？」
ボクが尋ねても彼女は「イヤねぇ」と、なで肩を振るわせるだけで要領を得
ない。
約十分後、右手通路にトイレがあることが判明した。
この問答に手間取っている間に、《星の王子様》は姿を消してしまったワケ
で……。ここで、ボクは声高に主張したい。
トイレの別称は厠（かわや）で十分だ！
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