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-------◇テキスト系創作メールマガジン 文芸同人「主婦と創作」◇-------
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---------------------------------------------- 2005年02月19日号 ----
------------------------------------------------------ 通巻120号 -----
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◇ご挨拶
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 初めましてのかたは、初めまして。そうでない方は、お待たせ致しました。
 自称「文芸同人誌」主婦と創作の主幹、電話の相手に向かって
「無茶言うな! そのコストでその仕事量はこなせない!!」
と叫んでしまえればどんなに楽か……と泣き濡れている銀凰です。
 なおこの件については深く追求しないで下さい(苦笑)
 では、今週の作品をどうぞ。
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◇本日の目次…
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◇連載小説 天狼戦記−華−                 作:くまの
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 なぜ、六花はあたしを助けたの? あの人に娘殺しをさせたくないから?
 他にも、重大な疑問はいくつかあるはずなのに──なぜ、弥生が座敷牢から
抜け出して自分を狙ったのか? 《血の不適合》の六花が変性できたのはなぜ
か?──桜子の胸をえぐるのはその一点のみだった。
「自分で自分の身が守れない者は、この世界では生きていけないのよ。初めて
逢ったとき、身体に刻み込んであげたのに」
 毒を含んだ言葉とはうらはらに、彼女の瞳は揺れている。
 弥生が使った散弾銃は、ただの猟銃ではない。人狼戦のために造られた特別
製だ。銀の銃弾には強力な『壊』の呪詛が込められており、まともに撃ち込ま
れた場合、桜子とてただでは済まされない。
 ――なぜ、六花はあたしを助けたの?
 いくら考えても、彼女には答えが出せそうにない。わかることは、神楽家当
主である《桜姫》は、決して死んではいけない人狼だから死ななかった。
 だから、六花は身体を呈して桜子を守らなくてもよかった。彼女は無駄に命
を散らした。それだけだ。
「――本当にバカな……あたしの妹」
 桜子は小さな茶色の獣を抱き上げると、いささか乱暴に揺さぶる。息絶えた
ばかりの六花の身体は温かいが、そのうち手足から固く冷たくなっていく。な
らば、検分は早い方がいい。
 鉄片により引き裂かれた内臓を、一瞬の躊躇の後、その手でかき出した。奇
妙だった。銃弾は六花の下腹に命中したというのに、肋骨の一部までが欠けて
いる。
 その上、形の崩れた心臓に、白狐の力で塞がったとしか考えられない治癒痕
がある。六花に従使などいないはずだ。
「《桜姫》様、どうか、これをお召しになってください」
 柏木に言葉をかけられても、じっとりと血を含んだスーツの上着を裸の肩に
かけられても、桜子は遺骸に運命の石を探し求める。
 ──お祖父様、《天狼石》がないわ。
 じんわりと指先に伝わってくる感触からすると、六花の心臓から取り出され
て、まだ時間は経っていない。
「――! 柏木、あなたの従使を貸しなさい」
 こちらに近づいてくる、兄、一樹の高揚した気配に桜子は身を強張らせる。
この鼻につく香りは……百合だろうか?
「申し訳ございません。召喚に応じる従使が残っておりません」
「……そう」
 桜子の牙により深手を負った彼らは、休眠に入ってしまったのだ。見れば、
柏木も立っているのがやっと、という有様だ。
 女の自分より線の細い美少年は、人型の白狐を従えて屋上に足を踏み入れて
きた。
「…………これはッ?」
 血を好む兄でさえ、この壮絶な舞台を前に言葉もないようだった。何しろ、
ここには五体満足な遺骸がひとつもないのだ。
『なんて、なんてむごいことを…………なんてなんて』
 白狐が肩を震わせ、咽喉の奥でくぐもった悲鳴をあげる。
「母様、六花は……お前が殺したんだな?」
 整い過ぎて冷たい印象を与える一樹の顔が、完璧な仮面に変じる。戦闘態勢
に入ったのかと、桜子も自分を支える柏木の腕にも力が籠もった。
 今、この状態で一樹の攻撃を受けるのは、桜子はあまりにも不利だった。彼
女にとって頼みの綱の柏木にも、まともに戦える従使がいない。
「愚問ね、一樹も殺したのよ」
 桜子はふわりと立ち上がり、年相応にふくらんだ胸を反らす。この少年には
自分の負い目など、微塵も感じさせてはならない。
「俺が殺した…………のか」
 なぜか、一樹はこの言葉にひどく衝撃を受けた様子だった。彼の右手から香
りの強い小袋が滑り落ち、中から麗しい石がこぼれ落ちる。
「あたしと一樹の二人で殺したの。あたし達は愚かな対抗意識で、当主の意味
をはき違えてしまっていたから」
 桜子の足許に転がってきた石を拾い上げれば、掌から圧倒的な力が染み込ん
でくる。間違いなく《天狼石》だ。
 これは生まれた瞬間から、自分の所有するものであり、《天狼》しか《天狼
石》を扱えない。
 この切り札を言うことなく、桜子はあっけなく《天狼石》を手にする。何と
なれば、一樹も彼の従使も六花であった獣にしか興味を示さなかったからだ。
「俺が殺したのか、この人も六花も親族も……」
『……ヴ………………ごふっ』
 一樹の出現を待っていたかのように、弥生の遺体に異変が現れた。唇の端か
ら光がこぼれる。それは唾液や血の泡に混じり、コンクリートの床に流れ出し
ていく。
 桜子と一樹、六花の遺骸に向かって軟体動物のようにゆるりと移動してくる。
進むごとに光は輝きを増し、同時に薄黄色から目も眩む金色へと、彩りを変化
させていく。
 みるみる密度を増し、質量を増大させていった異物は、光を収束するにつれ
本来の姿を取り戻していく。滅亡と再生。業火に溶かされた屑鉄が、名うての
鍛冶師によって刀や鋏に姿を変えていくようで、桜子は視線をそらすことがで
きなかった。
 ひょっとしたら、《核》を与えられた従使もこうやって、生まれ変わるので
はないだろうか?
 首に鎖を巻きつけるのではなく、命の火種を彼らの身内に放ってやるのなら、
桜子にもできそうな気がした。
「金色の白狐?」
 魅入られた形で凝視していたのもつかの間、桜子はすぐに従使に対して言質
を求める。神楽一族の長は、同系譜の人狼と彼らに仕える従使の長でもある。
『我が名は《金老樹》』
 白狐最高の位を持つ九尾の狐は、桜子に対して臣下の礼を取ることもなく、
泰然と構えている。なぜか、《金老樹》は一樹の方を向いて、
『弥生が死んだ今、当主《桜姫》にすべてを伝えよう。一樹、そなたも存じて
おろうがな』
 耳障りな声で高笑いをする。
『それは《天狼石》ではない。《天狼》たるお前の身体では支えきれぬ力を受
けるためもうけられた、双子の片割れの別称が《天狼石》だ』
「六花が《天狼石》? では、この石は何だというの?」
 目を見開く桜子に、《金老樹》は自ら意志を持つ《神石》の存在を告げる。
そして、《神石》は《天狼石》の力を吸収する媒体なのだと言われ、彼女もよ
うやく合点がいく。
「だから、六花は《血の不適合》だとお祖父様はおっしゃっていたのね……」
『そうだ、大抵の《天狼石》は《血の不適合》と同じように、その力に精神が
耐えられない。かといって、《神石》は《天狼石》の力すべてを吸収しきれる
ものではないのだ。二分された《天狼》の力は、お前より《天狼石》たる椛の
方が遥かに大きい』
「六花にあたしの《神石》を埋め込んだのは、そのためね?」
 桜子は無意識に『あたしの《神石》』と呼んでいた。
 《神石》を手にした今、神楽家といわず最強の人狼であるはずだ。なのに、
この手応えのなさはどうしたことだ?
『我が主は莫大な力が眠る直系の血が、無駄になることを悲しまれた。遠から
ぬ未来に、必ず有益になる力だからだ』
「六花の力を吸収した《神石》が必要だった? それなら、どうしてあいつを
殺す。体内から取り出すだけでいいはずだ!」
 鉄面皮をかなぐり捨てた一樹が声を荒らげる。
 言外に含まれているのは、身体が生きていても精神を殺せば、殺人と同じこ
とだということ。
 それを一樹、あんたが言うの?
 不思議な思いで、桜子は兄らしくない一連の行動を見守っている。
『それでは、用が足りないのだ』
 一樹の激しい非難を、《金老樹》はたったの一言でいなした。
『椛の体内から出せば、彼女が持つ人狼の力まで吸収しないではないか』
 厳かに告げたとき、神楽家の美しい兄妹は互いに目配せをし合った。弥生の
腹に自分達が存在したときから、祖父はこの計画を考えていたに違いない。
「そうか……《神石》が人狼の力まで吸収していたのは、六花の体内にあって
は、《天狼石》の力と区別がつけられないからだな」
 一樹の言葉に、桜子の手の中で《神石》が震えたような気がした。自らの失
態を責めているように感じられた。瞬間、桜子には判ってしまった。この意志
を持つ《神石》は、六花を娘のように心から慈しんでいたのだ……。
 《神石》は主たる《天狼》より、《天狼石》に意識を奪われている。桜子は
嫌な予感がした。
『また、椛の身内にあっては、《神石》は彼女の意識に邪魔をされ十分に発現
できぬ。それでは《天狼》の命を果たせぬ』
「だから、六花を『殺すな』とお祖父様はおっしゃったのね」
 半永久的に、《天狼石》と《人狼》の力を《神石》に供給する存在。それが
神楽椛なのだ。
 肉体的に殺すことなく、精神だけ殺すことが狙いだった。すべてが判明した
今、六花の養父母を殺したのが祖父だということは、桜子の中で推論ではなく
事実に塗り替えられる。
 身内にあった《神石》のせいで、養父母の死だけでは精神的ダメージが足り
なかったのだろう。この屋敷に引き取り、六花が今まで過ごしていた世界を一
変させることでダメージを与え続けた。冷酷な兄、意地悪な姉として、その役
目を一役買っていたのだ、自分も一樹も。
「見事なほど、的確な指示だな」
 もはや苦笑する力すら、一樹の身内にはないらしい。血の気の失せた顔のま
ま、だらりと腕を下げ突っ立ったままだ。
「お祖父様はどうして、あの人に次期当主の知識を与えたの?」
『この計画が破綻した場合、弥生が宿体になる予定だったのだ。そのために、
我はこの者の破綻を防いできた』
「……お祖父様はあたしに殺すよう命令したのに」
 桜子の表情を見て取って、
『我が主は神楽一樹が策した計画の成功を予見しておられた。そうなった以上、
スペアに用はない。たとえ、その計画が水泡に帰したとしても、そなたが弥生
を椛の前で殺すことで、我が主の計画は達成される』
「──スペア?」
 桜子は首筋の毛が、ざわりと逆立つのを感じた。
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