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-------◇テキスト系創作メールマガジン 文芸同人「主婦と創作」◇-------
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---------------------------------------------- 2004年08月07日号 ----
------------------------------------------------------- 通巻95号 -----
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◇ご挨拶
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初めましてのかたは、初めまして。
そうでない方は、お待たせ致しました。
自称「文芸同人誌」主婦と創作の主幹の銀凰です。
当マガジンは次週（８月14日）お盆休み。次号は８月21日発行となります。
それでは、今回の作品をどうぞ。
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◇本日の目次…
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◆連載小説…くまのサマ 「天狼戦記−華−」
◆連載小説…神光寺かをり 「フツウな日々」今週はお休みです
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◇連載小説 天狼戦記−華− 作：くまの
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黒い鳥が西方の空へ飛び去ってしばらくの後、六花は白狼の後をつけること
に決めた。部屋に戻るのをためらっている間に身体が冷え、眠気がすっかり覚
めてしまったのもある。
彼女は猟師ではないが、雪面に残された足跡を追うだけならば誰でもできる。
梅花を思わせる桜子の足型は時折、苛立ったように雪をかいて形を乱している。
生き物の気配や匂いには敏感なはずの獣も、何か他のことに気を取られている
と、こんなにも無防備なのだ。
時にそれが命取りになってしまうことを、六花は《雪華（せっか）》の記憶
から学んでいた。万が一にも、あの桜子が命を落とすようなことはないだろう
が…………。
「――でも、本当にあれが桜子さんなの？」
誰も答えてくれない問いを、六花は道すがら呪文のように繰り返す。ほんの
囁き声でも音がないよりはましだ。
音のない世界は怖い……。
雪は音を喰らうのだと、彼女はこの地に来てから知った。たった今、自分が
踏みしめた足音さえ瞬時に殺してしまうから、無音が嫌ならば常に音を生まな
ければならない。
「でも……桜子さんは…………」
問いかけの合い間に、彼女は大きく息を吐いてかじかむ指先を温める。すで
につま先の感覚はなかった。
「カイの言うことが真実なら、こんな真夜中にどこへ行こうとしてるの？ そ
こはここから遠いのかしら？ 獣の足でしか行けない場所だと困るけど……」
浮かんでは消える疑問を口にするうちに、
私には厳しいことを言いながら、自分だってこっそり館を抜け出しているん
じゃない。
――と、桜子に対して燃えていた小さな怒りは鎮火していた。だが、女王然
とした彼女が身を隠してまで行きたい場所に対する興味は依然、残る。
桜子の足跡は玄関から正門に続く小道を通って、屋敷の裏側へと足を向けて
いる。
あの秘密の書庫に行くのかしら？
六花が神楽家に来て、ただ一度だけ入室を許された不思議の書庫。もし、桜
子がそこに行くのだとしたら、もう一度、羽の生えた狼の絵画を見ることがで
きるかもしれない。
理由はそれだけではない。六花の身内にある何かが、桜子の放つ気配に魅か
れている。目を塞いでも逃れられない強烈な光を厭いながらも、どうしようも
なく引っ張られている感じなのだ。
「…………書庫じゃないのね」
雪面に点々と続いていた足跡は、例の書庫を素通りした。これより先は、六
花にとって未知の領域になる。いつの間にか神楽家の敷地を過ぎ、山に入られ
ては困ると彼女は眉をひそめたが、それは杞憂だった。桜子は裏手にある二階
建ての建物へと向かっていた。
住み込みで働いている従業員達のものだろう。六花の大切なメイドである篠
原正子も、二階に住んでいると耳にしていた。
「もしかして、篠原さんに用があるのかしら？ でも、どうして？」
胸内にどうしようもない不安が広がっていく。六花はすくみあがる心を叱咤
すると、主の言うことをきいてくれない足を必死で前に運ぶ。
建物の正面扉は半分開いていた。内部は入って右手に二階への階段があり、
左手には扉が六つ並んでいた。
前方に広がる板張りの廊下は桜子の足跡で濡れて黒く沈んでいる。彼女は二
階へは行っていない。その事実だけで、六花は来た甲斐があったと思った。
――では、桜子さんはどこに？
突き当たりは窓も扉もない。その行き止まりではずの廊下の端から、わずか
に明かりが漏れ出していた。
六花が覚悟を決め、忍び足で様子をうかがいに行けば、床には四角い穴がぽっ
かり開いていた。穴の上に手をかざすと、外の同じ温度の空気が吹き上がって
くるのがわかった。どうやら、この建物には地下室があるらしかった。
どうしよう…………でも、桜子さんはここから入ったんだから怖いことはな
いのよ。
かなり悩んだが、ここまで来て部屋に戻るのも情けない、と六花は階段へと
一歩踏み出した。
急角度の階段を降りると、高さのない廊下が数メートル続いて行き止まりと
なった。目の前に飾り気のない重厚な造りの大扉があった。扉には隙間がある。
やはり、ここも開錠されているらしい。
閉まっていてくれれば…………よかったのに。
六花は半ば自棄気味に、扉を開けた。
ほの暗い部屋には、思わず口を押さえるほど生臭い匂いが充満していた。彼
女は初め、これが何の匂いなのかわからなかった。
目がしみる。咽喉の奥に張りつく。奥へ行けば行くほど、どろりと澱んでい
く空気に六花は強い眩暈を覚える。
「――――あっ」
絨毯に足を滑らせ、よろけた拍子につかんだのは、蔓草と薔薇が彫刻された
紅色の和箪笥の把手だった。生温かく濡れた感触に彼女は首をかしげる。掌に
ついた液体は少し粘り気があり、この部屋と同じ匂いがした。自分はこの匂い
をよく知っている気がした。
「…………………………」
オカシイのは空気だけではない、とさすがに六花も気がついた。そう思えば、
毛足の長い絨毯は大量に水分を吸った後のような踏み心地がする。だから、足
を滑らせたのだ。
六花は呼気を整えると、改めて部屋の内部を見回した。薄暗くてよくは見え
ないが、赤い壁と同じく赤い調度品に刀でつけられたような傷がある。刀傷は
壁を駆け上がり天井まで、長く尾を引いている。傷の近くはむせるほどの臭気
が漂っている。六花はなんだか嫌な予感がした。
早足で次の間にいこうとしたとき、彼女は柔らかい物体を二度続けて踏みつ
けた。
「ひぃっ……！」
それは血まみれの老婆の二の腕だった。だらりと床に投げ出された白い手足
は合計十二本。つまり、三人の老婆がこの部屋で果てている。
もともと鮮烈な紅色を基調としている部屋なのか、血の飛び散った跡は単な
る模様にしか目に映らないのだろう。紅色の和箪笥…………水を吸った絨
毯…………すべて、ここで起こった出来事の結果なのか？
六花の頭は完全に、恐惶状態に陥ってしまった。とにかく、ここではない場
所へ行こうと、目の前の飾り扉を開けた。
「……真さん、真さんはどこなの？ あなた、あなたあなたあなた助けてぇ！」
どの部屋の何よりも赤い振袖姿の女が半狂乱になって叫んでいた。足が不自
由なのか、血管の浮いた細い腕だけを使い、床を這いずり回っている。扉の前
で立ちすくむ六花に気がつくと、
「お願い、真さんを呼んできてちょうだい」
恐ろしさのあまり大きく見開かれた瞳に涙を浮かべた。
人は自分よりも混乱状態の者がいると、かえって冷静になれるのかもしれな
い。沸騰寸前だった六花の脳は、この現実離れした女の出現により現実に引き
戻されることとなる。
「あ……あなたは……!?」
状況よりも何よりも、六花は全力ですがりついてくる女性の容姿に驚いてい
た。色素の薄い髪といい、気位の高そうな顔の造作といい、神楽桜子によく似
ているのだ。
『――その女は神楽弥生、本来《檜樹（そうじゅ）》の後を継ぐべき次期当主、
そして…………あたし達の母親よ』
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