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-------◇テキスト系創作メールマガジン 文芸同人「主婦と創作」◇-------
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---------------------------------------------- 2004年05月01日号 ----
------------------------------------------------------- 通巻83号 -----
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◇ご挨拶
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初めましてのかたは、初めまして。
そうでない方は、お待たせ致しました。
自称「文芸同人誌」主婦と創作の主幹、銀凰です。
ゴールデンウイークまっただ中、皆様いかがお過ごしでしょうか？
さて、来週５月８日は当同人もゴールデンウイーク休暇とさせて頂きます。
84号は５月１５日発行となります。
それでは、今回の作品をどうぞ。
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◇本日の目次…
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◆連載小説…くまのサマ 「天狼戦記−華−」
◆連載小説…神光寺かをり 「フツウな日々」 休載です。
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◇連載小説 天狼戦記−華− 作：くまの
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「《檜樹（かいじゅ）》様がお呼びです」
控えめなノック音の後、扉越しにメイドの声がかかった。
珍しく読書に没入していた美少女は、その声がつい先日、メイドに加わった
篠原正子（しのから まさこ）だと気づくのに多少、時間を要した。
やや気分を害した桜子はベッドに寝転んだまま、その場で待つように命じた。
実の祖父とはいえ、一族当主に謁見するのだ。十分すぎるほどの時間を用いて、
柏木の従使に髪をすいてもらい、気息を整えることにする。
白いワンピース姿の彼女は部屋を出ると、「お前もついて来なさい、篠原」
扉の側に控えていた女と共に当主の許へと向かった。
春も間近な三月に入って自由登校となった桜子は、屋敷内で過ごすことが多
くなった。すでに高校進学が決まっていたため、特に受験勉強をする必要がな
い。他の人狼一族からのちょっかいも、このところなぜか少ない。彼女は暇を
持て余していた。
辛気臭いのよ、この家は。
柏木に車を出させて麓に降りても、小さな商店街と映画館に教育機関がある
だけだ。桜子がよく遊びにいく中規模の地方都市は、麓の駅から一時間はかか
る場所にある。次期当主争いに緊迫している今の神楽家の状態で、それはでき
ない相談だろう。
第一、桜子には厄介なお守りの仕事がある。いっそのこと、六花（りつか）
を連れて出てはどうかとも考えたが、あまりの馬鹿馬鹿しさに桜子は笑ってし
まった。
結局、あの子は逃げるだけの強さも根性も持っていなかったわね。
数日前に起きた六花の脱走劇を思い返す。
神楽本家の周囲に張られた樹木の結界をいとも簡単に抜けるくせに、あっけ
なく下位の従使に捕らわれたりする。彼女の力は、まったくアンバランスで実
用性に欠ける。
結界は閉じ込める檻であると同時に、敵から身を守るものでもある。それが
六花に通用しないのなら、桜子は別のものを用意しなくてはならなかった。
それが、桜子に従い階段を降りてくるメイドの篠原正子だ。当主家が死に絶
えたため、散り散りになった志摩家の者で、今は一人で各地を転々としている
人狼だという。一癖どころか二癖も三癖もある深見の紹介というのが気に食わ
ないが、氏素性の明瞭な点を買われ神楽家で立ち働いている。
「……あの、桜子様？」
篠原が急に立ち止まった自分を見上げ、腫れぼったい一重を細めている。
これが、志摩の血なのかしら？
桜子は佐野夫妻の写真を見たことがある。だが、篠原と六花の母親はまるき
り似ていないと思った。
もっとも、それは当然のことで、篠原は六花に幻を見せているのだ。志摩家
の従使、朱猿（しゅえん）は《幻誘香（げんゆうこう）》という香の術を使い、
人々に幻を見せることができるのだという。西陣の者以外にも、香術を使う従
使がいることを初めて桜子は知った。
閉鎖的で排他的な種族である人狼は、家柄が違えば戦闘の場以外で言葉を交
わすことなどないのだ。
「あの子はあなたによくなついているらしいじゃない。免疫がない分《術》の
効き目はいいのね」
桜子の軽く棘を含んだ言葉に、篠原はゆるく首を振った。
「六花様が私をご自身の母親と見間違えられたのは、ただの一度だけでござい
ます。案外、お心の強いお方のような気がいたします」
篠原の細面を眺めながら、桜子は六花の母親の方が数段上の美人だと思った。
資料にあった佐野千賀子は目鼻立ちだけ見れば平凡な女性だが、内面から匂い
たつような華やかさがあった。
その点は、あの人とも共通点があるわね。
「そうかしら？」
「……けれど、反対にあまりにも、繊細なお心の持ち主でございます。これ以
上の香術の行使はあの方の寿命を縮めてしまいます……」
「下手な同情はやめなさい。あなたの役目は六花を神楽家に止める鎖になるこ
とで、母親役をすることではないのよ」
自分が縛られている見えない鎖とは違う、目に見える鎖に……。
長い廊下を突き当たり、重厚な樫の扉の前まで来ると、桜子は篠原を下がら
せた。
「こうして、わしが桜子に話をするのは、これが最後となろう」
「そんなのお祖父様らしくないわ」
華やかに微笑んでみせるが、桜子の顔色は冴えない。
祖父は病床から起き上がることもできないほど衰弱していた。始終、細かく
痙攣していた老人の手足は、今はその力もなく静かにベッドに投げ出されてい
る。
老いは死と同様、誰にも平等にやってくる。そんな当たり前のことも祖父の
前では通り過ぎていくような気がしていた。桜子はこんな弱々しい祖父を見る
のは嫌だった。
「これは最後の命令だ。わしが生きている間に神楽弥生を殺すのだ」
一気に言い切ると、老人はまぶたを閉じた。
部屋の隅には依然として、柏木が美しい彫刻のように立っているが、たとえ、
桜子がなぜかと問うたところで何も答えないだろう。彼は当主が望まぬ限り、
部屋の壁であり床である絶対無の存在だ。
桜子は軽い眩暈をおぼえ、意識的に大きく息を吸い込むが、息苦しさは相変
わらずだった。部屋に充満する勢いを増した死臭が、我が身を蝕んでいくよう
な気がする。赤いふくよかな唇をかみしめ、彼女はかろうじて女王の威厳を保っ
ていられる。
……それは、あたししかできないわね。
神楽弥生を抹殺することは、避けられない事実だ。なぜなら、神楽家の歴史
と一族の想い、当主としての莫大な霊力や高度な術のすべては、彼の意志によ
り次期当主へと流れ込む。口伝だと言われているが、実際のところ桜子には、
どういった形でそれが行われるのかわらない。
いわば、現当主が死ぬまでに果たしておくべき、予備学習といったところだ
ろう。
ただ、わかっていることが一つある。神楽弥生が生きている限り、当主とし
ての情報は自分の中に入ってこないということだ。
「次期当主が決まらぬまま、わしが死ねば神楽一族に混乱を招く。それだけは
避けたいのじゃ。わざわざ敵に機会を与えることもない」
「でも、お祖父様。あたしが当主になっても混乱は起きるわ」
まず、兄の一樹が黙っているはずがない。視線で人が殺せるのなら、自分は
彼によって少なくとも数千回は死んでいるに違いない。
「桜子、お前は間違いなく《天狼》なのだ。神楽一族の誰もがお前の言葉に従
うだろう。そして、《天狼石》はお前のすぐ近くにある」
「……六花のことなの？」
やっと、桜子は自分の感情に説明がつけられたことに安堵した。六花がそば
にいるときに感じる、あの温かい慈悲に満ちた感情は自分のものではないのだ。
《天狼》が《天狼石》に反応しているだけだったのだ。
「まさか、お祖父様があの子を襲ったのは《御徴》じゃなくて、そのせいなの？
六花が《天狼石》を隠し持っているというのね。どこに？」
なんてこと、あたしがあんな子供に出し抜かれたというの？
これは、桜子にとって許せない屈辱だった。
矢継ぎ早やの詰問に、老人は沈黙したままだった。じれる桜子に満足したの
か、ようやく皺だらけの口を開く。
「《神石》は、六花の心臓にある。じゃが……桜子、六花を殺してはならぬ。
お前が殺すのは弥生だけじゃ」
六花に対する桜子の激しい殺意は、当主によって弥生へと転化された。
頬を紅潮させた桜子は、業火を思わせる瞳で真っ直ぐに祖父の顔を見つめる。
次期当主候補筆頭として、彼に訴えたいこと、訊ねたいことは山積している。
一番はなぜ、その役目が自分なのか？ そもそも、《血の不適合》である弥
生に、次期当主の知識が流れ込んでいるのはなぜか？
口伝というのなら、それは何よりも祖父の意志が強い決定力を持っているは
ずだ。座敷牢で朽ち果てていく存在をそのまま放っておく祖父の思い、それが
桜子には理解できない。
可哀想なあの人は、もう充分にこの家の犠牲になったのに……。
自らの狂った果てない夢の世界で生きている母親を、実子である自分が殺す。
それを祖父様は何も感じないというの……？
祖父は桜子の前に君臨する巨大な岩山のような存在だ。一族の行く末を一番
に考える姿に尊敬し、ときには畏怖さえ感じる。それは今も変わらないが、祖
父の考えていることは、弥生のことにしろ六花のことにしろ、桜子はわからな
いことが多すぎる。
――ケッケッ。可哀想に死人は何も感じないのさ。
「――誰！」
桜子の叱責の声と同時に、窓の外にあった獣の気配は消えた。
うかつだった。自分の意識に没頭していたため、間諜の存在に気づくのが遅
れた。こうして、ときどき結界を破ってくる敵方の従使が何匹がいる。ちらり
と背後に目をやれば、柏木と彼のそばにあった気配が消えていた。彼らが首尾
よく始末するだろうか？
「大事ない。小物を気にすることはないのだ。桜子、お前は自分の成すべきこ
とを成せばよい」
死の床からの弱々しいささやき声だった。
けれど、その言葉は桜子の心に絡みつき、柔軟な感情の動きを封じてしまう、
毒を持った形のない鉄鎖なのだった。
「はい、お祖父様」
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